「恋の一幕」
『至急、劇場まで来られたし。 火急の用件にて、継承者殿にご協力願いたく・・・』
ごく簡潔なその書状には流麗な筆跡で、ナディールの署名が入っている。文面にざっと目を通してから、クイーンは、目の前で憮然としているゲドに向かって笑いかけた。
「…それで?何事かと思って急いで来てみれば、こういう有様だったというわけかい」
「……」
慌しく人の行き交う舞台を睨みつけていたゲドは、クイーンの言葉に、より不機嫌そうになって黙り込んでしまった。
今日は、午後から劇場での上演予定が入っている。
クイーンは以前から、今日の舞台に出演するよう頼まれていた。演じる役が主役級ということもあって、稽古にも何度か付き合っている。割とこういったお祭り騒ぎは嫌いではなく、面白がって演じているので、特に抵抗はなかった。つまり納得ずくで出演するのである。
しかし、どうやらゲドは、何も知らされないまま、ナディールによってはめられてしまったらしい。ナディールからの手紙を受け取ったゲドはすぐさま劇場にやって来て、そこで初めて彼の意図を悟ったのだった。これでは機嫌が悪くなるのも無理はない。
さて、どう言って宥めようかと思いつつ、クイーンはゲドの肩を叩いた。
「まあ、いいじゃないの。端役だし、台詞なんて一つ二つしかないんだから、すぐ終わるって」
「……それなら、何も俺が出る理由はないようだな」
そう言い残して回れ右をしかけたゲドの腕を取り、クイーンは苦笑した。
「こと劇場に関しては、あのナディールに嫌だは通じないよ、ゲド。諦めた方がいい。つい先日もゼクセンの銀の乙女に出演を迫って、最後は切り倒されそうになりながらも迫力で押し通したって噂だ」
「……」
舞台上で指示を出している白い仮面の男をちらりと見て、ゲドは小さく吐息した。クイーンに取られていた腕を解き、改めて連れの出で立ちを眺める。
その視線に気付いて、クイーンは気取った仕草で一礼した。
「結構似合うだろう?」
「何の役だ、それは」
「ロミオさ」
クイーンは装飾の多い貴族的な男物の衣装をそつなく着こなし、立ち振る舞いにも不自然さは全く感じられない。黒髪を撫でつけて腰に剣を下げているクイーンの姿を、先刻から数名の少女たちがちらちらと窺っては小声でさえずりあっている。どうやら、クイーンを目当てにしてやって来た観客らしい。
それを横目で見て、ゲドはそっけなく言った。
「ジュリエット志願が相当多そうだな」
「さあ、どうだろうね。あたしとしては、ゲドがジュリエットでも良かったんだけど」
「……冗談でも止せ」
悪寒が背中を這い登ったらしく、一段と景気の悪い表情になってしまったゲドに向かって悪戯っぽく微笑し、クイーンはゲドの手を取った。
「そう機嫌を損ねられるな、麗しき君。凛々しきかんばせに、苦悩の影が落ちていますよ」
身に付いた自然な仕草でゲドの手を持ち上げ、クイーンは素早く口付けを落とした。途端に、背後にたむろしている少女達から高い歓声が上がる。
むすっとした顔のまま、ゲドは手を引き、クイーンを睨んだ。
「おや、こわい。単なる本番前の練習だよ」
こたえた様子もなく軽く肩をすくめたクイーンは、ゲドの広い肩を舞台の方に向かって押し出した。
「ほら、控え室に行ってきな、ゲド。エースがあんたと同じ役なんだけど、やけに張り切って支度してたから、台詞の一つも教えてもらってくるといいよ」
「立っていれば済むことだ、必要ない」
「ほらほら、そういわずに」
なおも渋るゲドの肩を押し出しながら、クイーンはこの後の劇でのゲドの態度が克明に想像できて、思わず吹き出してしまった。
「……何だ」
「いいや、何でも?」
肩越しに振り向いたゲドの体を強く押し出して、クイーンはからかい気味に声をかけてやった。
「よろしくね、衛兵さん」
・・・THE END?・・・
ロミオ=クイーン、衛兵その1=ゲド、その2=エースの「ロミオとジュリエット」バージョン、ということで。
クイーンのロミオ役ってかなりハマっていると思うのですが、ついいつも相手役はエレーンにしてしまうので、彼女にとってはあまりうれしくないのかも(笑)
この場合のジュリエット、乳母は誰だとぴったりくるかしら?
